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【メルマガ試し読み】伊豆ゼミ紀行文

伊豆ゼミ紀行文

過去に配信されたメールマガジンの記事になります。お楽しみください!
(なお、執筆者の科類や学年は執筆時点でのものとなります。)


はじめに

こんにちは!理科二類2年のNです。 本記事では「伊豆ゼミ」についての私の日記を編集したものをお送りします。

東京大学には「主題科目」という発展的な科目があり、伊豆ゼミはそのうちのひとつです。 このゼミは内容がふたつに分かれていて、ひとつは3泊4日に渡る樹芸研究所でのアクティビティで、もうひとつはそのアクティビティについての話し合いになっています。 後者は伊豆ゼミ当日の夜に行われる話し合い(以下では自主研修といいます)に加えて事前講義と事後講義もあります。

自主研修にはルールがあり、ひとつは真面目に議論する気持ちを持つこと、もうひとつは真面目に議論している人を茶化さないことです。

樹芸研究所は伊豆半島の南端付近に位置していて、学生は下賀茂寮という場所に泊まることになります。 ご想像の通り、見渡す限りの大自然になっています。

初日にゼミの日程を配られるのですが、ぱっと見「ほぼ遊びじゃん!」となります。 しかし、活動をしているうちにそんなことはないことを思い知らされていきました。

以下では実際にどのようなことをして何を感じたのかを綴っていきます。 なるべく考えたことをそのまま伝えたいのでとりとめのない文にはなりますが、ぜひ楽しんで読んでみてください!

1日目

伊豆に来るときに電車の車窓から見た海が見たことないくらい青くて、さっそく「来てよかったな〜」とか思ってました。

この日のメインはキャッサバからタピオカをつくることなのですが、これが想像以上に手間のかかる作業でした。 まずキャッサバを掘るところから始まるのですが、どの向きに生えるかは気まぐれなんですよね。 掘って、皮をむいて、すりおろして、何回も精製して...... キャッサバはあの有名な青酸という猛毒を含んでいるので、精製するのにはとても時間がかかります。

これは自主研修で話し合ったことなのですが、キャッサバの加工法を確立するまでにかなりの人々が亡くなっていそうですよね。 それでもキャッサバの加工法を何とか生み出してくれたおかげで有効活用できるようになったわけなので、何か新しいものを生み出すためには多少の犠牲は仕方ないのでしょうか。 それにしても何とかして食べようという執念を感じずにはいられません。

もうひとつ自主研修で印象的な話があります。

時間が余ってみんなが周囲を散策していたときに、すごいおしゃれな楽器屋さんを見つけた人がいました。 店主のはからいで店内をいろいろ見せてもらったそうです(そういえばゼミ生には音楽をやってる人が多かったような......)。 見せてもらって、田舎でもこういうお店を開けることにびっくりしたそうです。

確かにそうだなと思ったのですが、私も散策しているときにびっくりした出来事があって、それは地元の人に話しかけられたことです。 ふだん東京を歩いているときには滅多に起こらないことです。 先ほどの店主もそうでしたが、人の温かさとか結びつきとかにこの地域は支えられているのかなと思いました。

ところで、あの楽器屋さんはなぜ経営できているのでしょうか...... 今はネットがあるので何とかなっているんでしょうか?

2日目

この日は炭焼きや薪割り、竹林間伐や竹食器作りなどかなり体力のいるアクティビティを体験しました。 炭も食器もほとんど植物から作ったので、自然の恵みというものをしっかりと実感できました。

こういうことをしていると昔の人々の生活を考えずにはいられないのですが、うまく自然の一部として自然と共存できていたのでしょうか。 でも現代では人々は自然を利用する立場になったので、自然の恵みへの感謝は忘れないようにしたいですね。

原始的な生活ってやっぱりかなり手間がかかるし、昔の人々は今よりずっと寿命も短かったと思うので、何を生きがいとしていたんですかね。 そもそも生きがいとか考える暇もなくて、本能のまま生きていていれば十分だったんでしょうか。

スギなどの比較的柔らかい木は一発でスパンと割れるので気持ちよかったです。 先生は薪割りがそんなに好きではないので、毎年楽しそうに学生が薪割りしてくれて助かっているそうです。 まだまだ薪割りしたいです!

自主研修で印象的だった話は、文化を継承する必要性はあるのかというものです。 伊豆の人々のように自然と共存した生活もあれば、現代の自然をどんどん利用していこうという考えもあります。 自然と共存した生活をする文化を開発によって破壊しようとすれば、そこで生活している人々が自分たちの文化を守ろうとするのは想像できますよね。

推測ですが、どのような文化でも、その中にいる人々はそれを守ろうとするはずです。 しかしその文化が非効率的なもので、手放したほうがそこにいる人々にも得である場合はどうでしょうか? 私ならそれでも文化を手放すことはしないと思います。

そこで辿り着いた考えなのですが、文化というのは娯楽・趣味の面が強いのではないかと感じました。 守るのが非合理的でも、精神的にはとても大切なものであって、アイデンティティでもあるんですかね。

そんなこんなでこの日も3時間くらい話し合いをして寝ました。 おかげでぐっすり眠れました。 ちなみに文化を継承する必要性については意見がまとまらないままで終わりました。

3日目

この日はチョコレート作りやコーヒー作りをしました。 これだけ聞くとすぐに終わりそうですが、もちろんチョコレートはカカオなどの原料から作っているし、コーヒーは焙煎からしているのでものすごく時間がかかります。

みなさんはチョコレートがカカオ豆から作られているのは知っていると思いますが、よく考えるとただの豆がどうやってチョコレートになるのかは謎ですよね(少なくともチョコレートを見てこれは豆だとは思いません)。 カカオ豆の皮をむいて、固い部分を取り除いて、めっちゃ頑張ってすりつぶして、いい感じに温度調節することで作られているんです。

コーヒー豆はじっくり焙煎しないと、大豆茶ができていまいます。 焦らずじっくり、ですね。 いい感じに加熱できていると、すごくよい匂いがしてきます。 コーヒーミルとか家にあったらすごいおしゃれですよね、欲しいです。

自主研修では、先生からの問いである「東大生にこのようなアクティビティをさせる理由は何か」について話し合いました。 この問いへの自分なりの答えが最近ようやくまとまったので、「おわりに」に書きます。

この日も日付が変わるくらいまで話し合いました。 その後、みんなで星を見に行きました。 今まで見たことないくらいの数の星が見えました(今はアプリであれは何座だ、とかを確認できるらしい)。 せっかくなのでスマホで写真を撮ろうとしましたが、前に同じことをしてまったく星が映らなかったことを思い出して、写真を撮るのはやめました。

4日目

この日は2日目に作った炭や切った竹を使ってバーベキューをするというお楽しみ回でした。 みんな竹の加工が上手くなっていました。

自然の恵みを最大限活かしたバーベキューでした。 お米もお肉もすごくおいしかったです。 あと五平餅を初めて食べたんですけど、めっちゃおいしいですね。 生きるために命をいただくのは仕方のないことだと一方的に折り合いをつけているのですが、その命を無駄にしないためにも精一杯生きていきたいと思いました。

連日の睡眠不足もあって、帰りの電車は睡眠が捗りました。

おわりに

伊豆ゼミを通じて、「考えること」がもっと好きになりました。 特別じゃないアクティビティをしている間にいろいろなものに思いを馳せて、考えたことについて話し合う経験はとても貴重だったなと思います。 多くのゼミ生も「こんなにちゃんと話し合ったことは今までなかった」と言ってました。 そして「考えること」が好きになると、自然ともっといろんなことを知りたい・考えたいという活力がわいてくるような気がしていて、これは行動することにつながりそうです。

また、自然の恵みを活かすことを通じて感性が研ぎ澄まされたような気がします。 退屈そうに見えるアクティビティでも、いろいろなことに気付いたり、その背後にあることに思いを馳せたりすることで感じる力がついたように思います。

そして「東大生にこのようなアクティビティをさせる理由は何か」への自分なりの答えですが、上記のようなことを通じて感じる・考える・行動するのサイクルを回し始めることで、自ら問いを立てそれを解決することが出来るようになってほしいからだと考えました。

受験勉強では問題はすでに与えられたもので解答も決まっていたのが、これからは問題に気付くところから始まり、この気付く力というのは受験勉強などからはあまり得られないと思います。 新しいものを生み出していくためには、やはりこの気付く(感じる)ことから始まるサイクルが大切なものであり、このサイクルを今のうちから回すことは有意義なのではないかと感じました。 ここまで読んでみて、「ここは自分の意見とは違うな」と感じた人もいると思いますが、そのように感じること自体に価値がある気がします。

紀行文はここまでにしておきますが、東大に入学したらぜひ伊豆ゼミに参加してみてください(本当におすすめです!)。 ここまで読んでいただきありがとうございました。


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