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東大を目指す勇気

東大を目指す勇気

まえがき

自分が東大なんて…… そう思ったことはないだろうか。そう思った君にはある話を読んで欲しい。同じ悩みを抱える青年と東大生との対話を。

はじめに

地方の静かな公立高校。部活動に励む生徒たちの掛け声が窓越しにかすかに響く、いつもと変わらぬ平穏な放課後の教室。一人の青年が、机の上に広げられた学校に提出する進路希望調査を見つめたまま、凍りついたように動かずにいる。彼のペン先は「第一志望」の欄の上で空を切り、そこにはまだ一文字も記されてはいない。

「書きたい名前があるのではないか? 」

背後からかけられた穏やかな声に、青年は肩を跳ねさせた。振り返ると、そこには数年前にこの高校を卒業し、今は東京大学で学んでいるという先輩が立っていた。帰省の折に母校を訪ねたその男は、青年の迷いを見透かしたように、隣の椅子に腰を下ろした。

【登場人物】

青年(高校2年生):地方の公立高校に通う。成績は学年上位ではあるが、東大を志望校に書く勇気が出ず、模試の志望校欄にはいつも無難な地元の国公立大を書いている。

先輩:青年の高校のOB。かつて青年と同じ悩みを抱えながら東大に合格した。

「志望校欄」という名の高い壁

青年:…… やっぱり、僕には無理だと思うんです。

先輩:無理、とは? 学力の話かな?  それとも時間の話かな? 

青年:そうじゃないんです。昨日から、志望校記入欄を前にすると、手が止まってしまうんです。「東京大学」という四文字を書くのが、なんだかひどく不相応な気がして。…… 恥ずかしいんです。先生や友達に見られたら、「あいつ、あんなところに名前を書いて、自分の実力を分かってないんじゃないのか」と笑われるんじゃないかって。なんたったってあそこは日本一の大学ですから。

先輩:なるほど。君にとって東大は「現実的な志望校」ではなく「特別な人間だけが許される聖域」のように見えているわけだね。

青年:そうです。僕の学校から東大に行く人なんて、数年、いや数十年に一人出るか出ないかです。そんな環境で「東大志望」と口にするのは、まるで「僕は天才です」と宣言するような傲慢さを感じてしまいます。地元の国立大学を目指すのが「正解」とされる空気の中で、僕だけが浮いてしまう気がするんです。

先輩:面白いね。でも、それは君が「東大」という名前に、過剰な物語を背負わせすぎているからだ。

青年:物語……? 

先輩:そう。君は東大を学問を追求する大学のうちの一つとしてではなく、「選ばれし者たちの証」という称号か何かだと思っているじゃないか。だから、今の自分と照らし合わせて「自分はそんなんじゃない」と気後れしてしまうんだ。

青年:だって実際そうじゃないですか。テレビに出る東大生も、ネットで見かける合格者も、みんな中高一貫の超進学校の出身か、天才的な頭脳の持ち主ばかりだ。僕みたいな地方の普通の公立高校の、普通の生徒が目指していい場所じゃない。

先輩 :断言しよう。東大の中にいるのは特別な人間ではなく、東大に行くと決めて、必要な手続きを淡々と済ませた人間の集まりだよ。東大はキャラで選ぶところじゃない。ただの試験だ。恥じる必要があるとしたら、それは「自分には無理だ」と決めつけて、自分の可能性を自分で制限してしまうことの方じゃないかな。

地元の国公立への呪縛

青年:でも、先生だって「地元の国立大に行けば一生安泰」、「地元の国立大なら確実に受かるぞ」と言ってくれます。そこを蹴ってまで、わざわざ不確かな東大を目指すなんて、周囲からすれば身の程知らずの高望みにしか思えません。

先輩:地方特有の「地元の国立大が一番」という空気だね。それは一種の自己保身なんだよ。先生たちは君を失敗させたくないから、合格実績を稼いで評判を上げたいから、安全な道を勧める。でもね、君が今感じている「恥ずかしさ」の正体は、「自分を信じきれていない自分への後ろめたさ」じゃないのかい? 

青年:…… 後ろめたさ。

先輩:本当に東大に行きたくないなら、恥ずかしいという感情すら湧かないはずだ。恥ずかしいと思うのは、君の心の奥底に「本当は挑戦したい」という純粋な熱意があるからだ。その熱意に蓋をして、周囲の期待に合わせて「地元の王道」に逃げ込もうとしている。そのズレが、君を苦しめているんだ。

「E判定」はまだ始まってもいない証

青年:熱意だけではどうにもならない現実もあります。高1、高2の模試なんて散々な結果です。この判定を見て「東大志望」なんて、それこそ滑稽ですよ。

先輩:君は、英単語帳の最初の数ページしかやっていないのに「全然単語がわからないから僕には英語の才能がない」と言っているようなものだよ。

青年:…… 。

先輩:高1、高2の判定なんて、単なる「現状の練習不足の記録」に過ぎない。東大入試は特殊だと思われがちだが、その本質は「基礎の徹底的な理解」だ。判定が悪いのは、まだその基礎を積み上げている途中だから、あるいは積み上げ始めていないから。それだけのことだ。それを「才能がない」という言葉にすり替えて逃げるのは、少し勿体無いとは思わないかい?  

「とりあえず」で据える勇気 

青年:逃げている……。確かに、そうかもしれません。志望校を下げておけば、無理に高い目標を掲げて無様に落ちる……なんて屈辱を味わわずに済みますから。でも、どうすればその「恥ずかしさ」を乗り越えられますか? 

先輩:いいかい。君に必要なのは、完璧な自信じゃない。「とりあえず、あそこに旗を立ててみる」という無根拠な勇気だ。

青年:無根拠でいいんですか?  

先輩:いいんだよ。まずは模試の志望校欄に、小さくでもいいから「東京大学」と書いてみる。誰のことも気にしなくていい。自分を「東大志望者」として定義するんだ。一度表に出してしまえば、脳はそれを実現するための情報を勝手に探し始める。逆に、隠し続けていれば、君の努力はどこかで「ほどほどの場所」に落ち着いてしまう

青年:…… もし、それで結局届かなかったら? 周りから「やっぱ無理だったじゃないか」と言われるのが怖いです。

先輩:その時は、東大を目指して必死に積み上げた「圧倒的な基礎力」が君を助けてくれる。東大を目指して本気で勉強した人間が、他の場所で通用しないなんてことはありえない。東大を志望することは、君にとってリスクではなく、最もリターンの大きい「先行投資」なんだよ。

青年:結果がどうであれ、目指した過程は裏切らない、ということですか。

先輩:そうだ。それに、本気で高みを目指す人間を笑う奴がいたら、そいつは「挑戦できない自分」を正当化したいだけだ。そんな声に耳を貸す必要はない。君が戦うべきは、模試の判定でも、周囲の目でもない。自分の中にある「どうせ無理だ」という臆病な心だよ。

壁を超えるのは、自分自身だ

青年:……分かりました。僕が怖かったのは、東大そのものじゃなくて、「東大を目指している自分」を否定されることだったんですね。

先輩:その通り。でも、君の志を笑う権利なんて誰にもない。そして、君が東大を目指すと決めた瞬間、君と東大を隔てていた、目に見えない壁は消えてなくなる。

青年:次の模試…… 、書いてみます。一番上の欄に、誰にも遠慮することもなく。

先輩:いい顔になったね。東大は君が思っているよりずっと、君のような「迷いながらも一歩踏み出した人間」を待っている場所だよ。不相応だなんて思う必要はない。その「不相応な夢」を、今日から「現実的な計画」に変えていけばいいんだ。

青年:はい。…… まずは、一番苦手な数学の基礎から、もう一度向き合ってみます。

先輩:それでいい。その一歩が、もう東大への道に繋がっているんだから。

FairWindは地方高校生の進学支援をしている、東京大学の学生団体です。